ATS VirTis/Hull 真空凍結乾燥機 基礎~応用まで
小型ラボ用~パイロットスケールまで
凍結乾燥の基礎と原理
本ページでは真空凍結乾燥について勉強したい方のために、真空凍結乾燥の原理とその工程ついて解説いたします。
綺麗な乾燥ケーキの得られた凍結乾燥品
凍結乾燥の原理と利点
凍結乾燥(Freeze-Drying、Lyophilization)とは、サンプルや製品を乾燥する手法の一つであり、医薬品や食品、また再生医療等に用いられる生体材料、さらには文化財の保存など幅広い分野で用いられています。
凍結乾燥では、サンプル溶液を凍結した状態で高真空下に曝すことで、昇華(固体⇒気体)によって溶媒(水分)に除去します。
水の状態図
凍結乾燥以外の溶媒除去の方法として、蒸発(エバポレーション)があります。エバポレーションは、溶媒を液体から気体にすることにより水分を除去しますが、凍結乾燥は昇華によって水分を完全に除去し、含水率の少ない最終サンプルを得られるという点で特徴があります。
したがって凍結乾燥された製品(サンプル)は下記の利点を持ちます。
- 含水率が少ない
- 熱変性を防ぎ活性を維持しやすい
- 再溶解が容易
- 保存可能期間を長くできる(長期安定保存)
- 室温で輸送可能
医薬品の世界では、バイオ医薬品(高分子医薬品)は、ほぼすべて無菌環境下での凍結乾燥により作られます(無菌注射製剤)。また、多くのワクチンも凍結乾燥により製造されています。
診断薬(イムノアッセイキットやPCRキット)や研究用試薬(抗体・ペプチドなど)においても凍結乾燥品が頻繁に使用されています。
あるいは、再生医療(細胞製剤)やバイオマテリアルへの凍結乾燥の応用も近年進んでいます。
真空凍結乾燥のプロセス
凍結乾燥は、専用の真空凍結乾燥機(フリーズドライヤー)により行われます。
ほとんどすべての真空凍結乾燥機は、実際にサンプルを乾燥するためのチャンバー(乾燥庫)、気化した水蒸気を再度凝結するためのコンデンサー(冷却トラップ)、装置内を高真空に保つための真空ポンプで構成されます。
真空凍結乾燥機の構成と蒸気の流れ(棚板式凍結乾燥機の例)
凍結乾燥は、主に4つの工程で進行します。
❶ サンプルの凍結(予備凍結)
まずはサンプルを凍結します。凍結乾燥においてこの予備凍結は凍結乾燥の成否に関わる大切なステップです。
例えば、中途半端にしか凍結していない状態だと、次に続く一次乾燥ステップで急激に真空度を上げた際に水が膨張して爆発し、サンプル容器を割る恐れがあります(破瓶)。
あるいは、サンプルの突沸を引き起こす恐れもあります。
もちろん、溶媒に多量の有機溶媒を含むサンプルの場合は、予備凍結を行う前にロータリーエバポレーターや 遠心エバポレーターを用いて有機溶媒を除去する必要があります。
予備凍結の方法は、使用する容器と 真空凍結乾燥機の種類により異なります。
フラスコやボトルをマニホールド式の真空凍結乾燥機で乾燥させる場合は、ドライアイス等の冷媒にサンプル容器を漬けることにより凍結させます。
バイアル瓶やマイクロウェルプレートを棚板式の真空凍結乾燥機で乾燥させる場合は、運転プログラムを組むことで装置内で凍結させてそのまま次の一次乾燥のステップに移ることができます。
マニホールド式(多岐管式)
棚板式(シェルフ式)
予備凍結工程の重要性
真空凍結乾燥は数日から時には1週間以上を要する非常に長い工程が必要です。
そのほとんどの時間が次のステップの一次乾燥ですが、一次乾燥にどれくらいの時間がかかるかは実はこの予備凍結に依存しています。また、凍結乾燥品の仕上がりの良否もその多くが予備凍結のステップにかかっています。
予備凍結では、サンプル溶液の温度を凝固点以下に下げることによりサンプルを凍結させます。例えば水であれば、凝固点は0℃なので0℃以下にサンプル温度を下げることによって凍らせます。
では、水は本当に0℃で凍結するでしょうか?
実際には、物質には 過冷却(supercooling)という現象があり、凝固点以下に下げてもすぐに凍結は起こらず、凝固点よりも10℃~20℃程度低い温度での過冷却状態を経たのちに、氷晶核が形成され、凍り始めます。
この過冷却度が凍結乾燥のスピードに影響を与えます。
過冷却度が小さければ大きな氷晶(氷の粒)が形成され、昇華の際の蒸気の通り道を広くすることができる(専門的には既乾燥層の水蒸気移動抵抗を小さくすることができる)ため、一次乾燥のスピードを上げることができます。
逆に、過冷却度が大きいと、氷晶サイズが小さくなり、昇華の際に蒸気の渋滞が起き(既乾燥層の水蒸気移動抵抗が大きくなり)、一次乾燥のスピードが遅くなります。文献では、氷晶核が形成され始める温度が1℃上がると、一次乾燥の時間が3-4%短縮されると言われています。
小さい過冷却度
氷晶サイズ:大きい
既乾燥層の空隙:広い
水蒸気移動抵抗:小さい
一次乾燥速度:はやい
大きい過冷却度
氷晶サイズ:小さい
既乾燥層の空隙:狭い
水蒸気移動抵抗:大きい
一次乾燥速度:遅い
品質の高い凍結乾燥品を得ることをさらに難しくしているのが、凍結(氷晶核の形成)はランダムに起こる現象だということです。
バイアルサンプルの予備凍結では、すべてのバイアル瓶が一度に凍り始めるわけではなく、サンプル個々で凍結のタイミングが異なります。したがって、サンプルの仕上がり具合がバイアルによって異なる(バラつきが出てしまう)という問題が生じます。
このような予備凍結における諸々の問題(氷晶核形成における問題)を解決する方法として、棚板式凍結乾燥機で古くから使用されているのはアニーリング法ですが、最近ではそれよりも優れたいくつかの技術が開発され使われ始めています。
弊社が取り扱うATS VirTis/Hull グループでは、乾燥庫を不活性ガスで急激に昇圧/降圧することにより、過冷却度が小さい状態で氷晶核を形成し、さらにすべてのバイアルで同時かつ均一に氷晶核形成を促すことができる技術( ControLyo テクノロジー)を採用しており、既に世界の製薬会社のパイロットスケールあるいは生産スケールの凍結乾燥機で運用されています。
❷ 一次乾燥(昇華期)
凍結サンプルから氷相を昇華により除去する、凍結乾燥工程において最も重要な、そして時間のかかる工程です。
一次乾燥ステップでは、真空ポンプでチャンバー(乾燥庫)の圧力を下げることにより、予備凍結工程で凍らせたサンプルから溶媒を昇華させます。
このとき、溶媒の気化によりサンプルからは熱が失われ続けます(昇華潜熱)。その熱を補ってあげないと、昇華を効率的に続けることができません。
棚板式の凍結乾燥機では、棚板を加温することで、昇華に必要な熱エネルギーをサンプルに補填します(マニホールド式の凍結乾燥機ではこれができません)。
一方で、逆に熱を与え過ぎるとサンプルが崩壊(コラプス)や再融解(メルトバック)を起こし、品質のよい綺麗な凍結乾燥ケーキを得ることができなくなってしまいます。
優れた品質の凍結乾燥品を得るには、棚温度、庫内圧力、乾燥時間などのパラメーターを、使用するバイアル瓶の種類、サンプル性状、サンプル組成(処方)に合わせて最適化することが重要です。
多くの棚板式の凍結乾燥機はこれらのパラメーターを制御する機能を持ちます。マニホールド式の凍結乾燥機は温度調節機能をもちません。
一次乾燥中のサンプルのミクロ現象
凍結乾燥を深く理解するには、一次乾燥中のサンプルで起こる現象を詳しく知る必要があります。
一次乾燥がスタートして間もないとき、昇華は予備凍結で凍結させたサンプルの表面で起こります(昇華表面=サンプル表面)。
一次乾燥が進むにつれて、既に乾燥の終わった部分が徐々に増えて、まだ乾燥が終わっていない部分を遮る形で、その厚みが増していきます。同時に昇華表面(「乾燥の終わっていない部分=凍結層」と「乾燥が終わった部分=既乾燥層」の境目)はサンプル瓶の深部に後退していきます。
一次乾燥中のサンプルのミクロ図
一次乾燥が始まってすぐのときは、昇華がサンプルの表面で起こるので、発生した蒸気はスムーズに外に出ていくことができます。しかし、一次乾燥が進むと、昇華面で発生する蒸気は、既乾燥層を通過しないと外に出ていくことができなくなります。
既乾燥層はスポンジ状のため蒸気の通行を妨げます。このときに熱を供給しすぎると、蒸気の発生スピードが出ていくスピードを上回り、昇華面で蒸気の「渋滞」が起きます。その結果、バイアル内の局所で真空度が低下し、凍結部の再融解が起こります(collapse/コラプス)。
また、コラプスは、氷の昇華後に残る濃縮体がある温度以上になってスポンジを塞いでしまうことによっても起こります。
コラプスが起こると、凍結乾燥状態を維持できなくなり、最終的な仕上がりが悪くなります(フワフワのスポンジ状ではない湿った状態になる、収縮する、二層化するなど)。
コラプスを起こさないために
このように乾燥工程中のサンプルのコラプスは凍結乾燥品の品質低下の主な要因であり、医薬品をはじめとする最終製品の品質確保のためには、このコラプスを防ぐことが重要です。
ではコラプスはどのようにしたら防ぐことができるでしょうか?
最も大切であり、かつ必須なのは、コラプスが起こる温度(コラプス温度)を知ることです。コラプス温度は、サンプルの性状や組成によって異なります。コラプス温度は、凍結乾燥顕微鏡(Freeze Drying Microscopy)や示差走査熱量測定計(Diffrential Scanning Calorimetry; DSC)で測定することができます。
そして一次乾燥の全工程において、サンプル温度をコラプス温度よりも少し低い温度に維持できるように棚温度や真空度をコントロールすることが大切です。このとき品温を下げすぎると一次乾燥に時間がかかり、電気代のコストアップや生産性の低下を招くため注意が必要です。
また、実際に大切なのはサンプルの温度というよりは昇華面の温度です。
この昇華面の温度を温度計で直接測定することは困難です(注:熱電対プローブは必ずしも昇華面を測定するわけではない)。しかし、近年様々な技術が開発され、直接的ではないにしても昇華面の温度や昇華速度を精度高く計測することが可能になってきています。
弊社が取り扱うATS VirTis/Hullグループでは、 SMART テクノロジー、 TDLAS テクノロジー、 ワイヤレス温度センサーなど最先端のPAT(Process Analytical Technology)ツールを搭載した真空凍結乾燥機を販売しています。
一次乾燥の完了を知るには?
一次乾燥が終了し、昇華による除熱が起こらなくなると、棚板温度がサンプルに直接かかるため、品温が上昇してしまいます。したがって、サンプルの品質維持のためには、一次乾燥が完了したらただちに次の工程(二次乾燥)に移ることが肝要です。
ではバイアルを直接目視できない棚板式の凍結乾燥機において、どのようにしたら一次乾燥の完了を検知することができるでしょうか?
もっとも単純なのは熱電対式温度プローブの利用です(写真)。
バイアルのいくつかに熱電対プローブ付きの蓋を仕掛けておくことでバイアル内のサンプルの品温をモニターすることができます。
しかし、この熱電対プローブ法は、「安定的にバイアル底部にプローブ先端を仕掛けるのが難しい」、「熱電対が氷晶核の形成を促進してしまい、熱電対のない通常のサンプルと差異が生じる」、「熱源となりうる」、「棚板の決まった位置のバイアルにしか仕掛けられない」、「倒瓶することがある」、「無菌性を保つことができない」などの問題がございます。
そこで近年では、MTM法によるPressure Rise Test(圧力上昇テスト)、ピラニー圧力計/隔膜圧力計の読み取り値の集束による検知、 ワイヤレス温度センサーによる検知、 TDLAS法による検知など様々な方法が使われるようになってきています。ATS VirTis/Hull グループの真空凍結乾燥機でもこれらの方法を利用することができます。
ピラニー圧力計/隔膜式圧力計による一次乾燥終了の検知
圧力上昇テストによる一次乾燥終了の検知
❸ 二次乾燥(仕上げ乾燥)
二次乾燥は、予備凍結時に氷にならずに溶質成分中に不凍水(結合水)として取り込まれた水分を除去するステップです。
一次乾燥中に氷はすべて除去されているので、棚温度を昇温して短時間で行います。
二次乾燥終点の確認のため、チャンバー内の圧力を維持したままサンプルの取り出しを行う機構(sample thief; 右の動画)を備えた装置もあります。取り出したバイアルで含水量を測定することにより二次乾燥の終点を確実に知ることができます。
また、 TDLAS テクノロジーは、MTM法と異なり、一次乾燥の終点だけでなく二次乾燥の終点も非侵襲的に検知することができます。
❹ サンプルの取り出し
マニホールド式凍結乾燥機の場合は、コックで真空を遮断してフラスコを取り外すだけです(逆にそれしかできない)。
棚板式凍結乾燥機の場合、乾燥庫の扉を開いてバイアルを取り出しますが、多くの本数のバイアルの蓋を取り出した後に封をしていたら、その間に空気中の水分を吸湿してせっかくの凍結乾燥が台無しになってしまいます。
そこでほとんどの棚板式凍結乾燥機には打栓機能(封栓機能)を付けることが可能です。
打栓バイアルを用いて凍結乾燥を行い、二次乾燥終了後に乾燥庫内を真空に維持したまま、打栓シェルフを使って自動で打栓を行います(左下の図)。右下の写真はそのメカニズムを示します(写真ではバイアルは置かれていないことにご注意)。
打栓バイアルを用いた凍結乾燥から打栓までの流れ
打栓シェルフ
バイアルは打栓後に扉を開けて取り出します。装置によっては打栓前に不活性ガス(窒素ガスなど)をバイアルに吹き込む機能を付けることもできます。
真空凍結乾燥機の種類
真空凍結乾燥機には、大きく分けてマニホールド式(多岐管式)と棚板式(シェルフ式)の2種類がございます。それぞれの主な違いと使い分けを下表にまとめました。
マニホールド式 | 棚板式 | ||
容器適合性 | |||
フラスコ | 適 | 不可 | |
アンプル | 適 | 不可 | |
バイアル | 不適 | 適 | |
プレート | 不適 | 適 | |
機能 | |||
バイアルの予備凍結 | 不可 | 可 | |
温度コントロール(棚板) | 不可 | 可 | |
運転プログラミング | 真空度、乾燥時間 |
真空度、棚板温度、予備凍結時間、 乾燥時間など | |
用途 | |||
基礎研究(探索研究) | 〇 | 〇 | |
製剤研究(パイロットスケール) | × | 〇 | |
工業生産 | × | 〇 |
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